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| これは、2001年6月30日のお話。ダダ氏、小3。 昔々、週休二日じゃなかったんだよ。 隔週で休みなのが、土曜日。ほんと、弱ったなあ。 でもね、コミュニケーションって、とっても楽しいんだ。 楽しみたいなあ…これからも。 どんな形でも良いから ね。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ |
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| ダダは、土曜日が嫌い。あったりなかったりするから…。第五土曜日はもっと嫌い。 そのことはわかってはいたけれど、1,2年生とクリアしていたし、それほど深刻に考えず、今年はただカレンダーに「休みマークをつけない」という安易な示した方をしていた。 今日は、今年度最初の第五土曜日。 「学校あらない?」と聞いてきたので、「今日の土曜日は、あります。カレンダー見て…」と素っ気なく答えた。 いつものように(と私は思っていた)、パンを食べ、制服に着替え終わると、ダダは最近凝っている写真や文字を切り抜いてポスターにはる作業をしはじめた。 すると突然(私には突然だった)、「スーパーあずさの切ったヤツない〜」と言いだしたので、いつもの捜し物と同じように、一緒に捜し始めたものの、それから崩れるように泣き出した。 なんとか「スーパーあずさ」と書いてある、2mm×5mmの四角(ごみみたいな欠片!)を見つけて差し出しても、もうダメ。 『なんでやねん!!』と思ったけれど、すぐに『ははあ…学校に抵抗してるンやな…しもた!もうちょっと丁寧に教えておくンだった…。』 自分から、「顔洗う」というので(ダダは顔を洗うと気がすむときがある)、これで、持ち直せるか?とついていくと、もう頭から胸までジャブジャブしてしまい、もちろん着ていた制服もびしょぬれ。 それでも、気持ちは晴れなかったようで、自分からのれんの向こうへ行ってしまった。新しいシャツを渡すと、ゴソゴソと着替えも、そこですませる。 『ヤレヤレ…これで10分ほど入ってくれていたら、気持ちも落ちつくやろ』…と思って見ていると、登校の時間が来た兄貴が「じゃあ、オレ先に行くわ。」とランドセルを背負って出かけてしまった。 すると、ダダにしてみれば、兄貴と一緒に行くことこそ登校!これではイカン!と一目散に飛び出してきてしまった。もちろん、パニックのまま…。こういうとき融通の気か無さが、トラブルを長引かせる! ランドセルを背負い、珍しく靴も踵まできっちりと履いて、それでも形相はものすごい。「おんぶ〜」と言われてもデキンことはデキン! この状態のまま、歩いていったところで、ろくなことがない(石を投げられちゃ困るモン)。 それで、玄関の敷石のところに座って、カームダウンしてもらうことにした。のれんの向こうには、もう戻れない。 「ダダはイライラしています。おさまってから学校へ行きます。15分タイマーをかけて、鳴ったら車で学校へ行きましょう。」と伝える。 「車」という言葉を聞いて、ちょっと気分をよくしたダダは、「車で待ちます」と乗り込んでしまった。 それで、タイマーとカレンダーとスケジュールを書いたホワイトボードを持って、私は運転席へ。 タイマーを15分にセットして渡し、まずカレンダーで、今日は5回目の土曜日になること、○休ではないことを念を押す。 ついでに、次の土曜日は第一土曜日なので、また学校があることを付け加えておいた。 偶数週送りなんて、ダダにしてみれば、やっかいなシステムなのだ。 次にホワイトボードで、「歩き」を「車」に変更する。すると、帰りも「車で帰る」にしろと、言ってくる。仕方がない、今日はサービス。 「6月30日だけ特別」と具体的に書いて指摘しておく。 ダダの様子は、まだそれほど、落ちついてきていたわけではなかったので、ホワイトボードのあいたところへ、泣き顔の絵を描いて、「ダダは泣いています」と伝えてみる。 「しんどいの?」「しんどい」「つらいの?」と聞くと「つらい」オウム返しだが、それを、顔のまわりに書いて行く。 しばらくして、ダダの方から「お母さん、顔、まくらで押す」(よくダダが私にする復讐の手口)と言ってきたので、その言葉を書いていった。 次は「お母さん、大キライ」(ショック!) 「2人でまっくらにしめる。ダダはにげだす」…などなど、みんな書いていった。 ダダが黙ってしまったので、『もう言うことないンかいな?』と思ったので、最後に、ニコッとした顔の絵を描いた。 それを見たダダが言ったのは、「終わりました」。 ヤレヤレ…やっと終わった。 書きながらおもしろかったのは、兄貴が「お母さんなんて、なんもシランくせに」とか「むかつくわ〜もう」とか私に悪態ついて来るのを聞いているのと、全く同じ感覚になったこと。 ダダが、気持ちを昇華させている。表現は違うけれど、全く関係のないことが口からでるようだけど、でも、愚痴を言っているように聞こえた。 『ダダは自閉症児やけど、兄貴と同じ。子どもは子どもやで…』 ホワイトボードをしまおうとすると、お昼御飯は食べたいものがあるとのこと。 カレーらしい。変更がきくとなると、注文を出してくる。 「それじゃ、ダダが作ります」(といってもレトルトだけど)と言うとそれで良いということで丸く収まった。 タイマーが鳴ると、「もっと待つ」と言うので、10分と5分を選択してもらい「10分に決定。自分でセットする。 もう話すこともないし、私は新聞とコーヒーを持ち込んで、時間をつぶすことにした。 ダダが玄関にかけてある、syunさんとこの人が作ってくれた木の表札のローマ字を読み始めた。 記号は、ダダの気持ち落ち着けるアイテムの一つだ。 「オー、ケー、ユー…」といった後、「加古川だねえ」とつぶやいたのには、思わずコーヒーをこぼしそうになった。 『あれ?この表札のことは、ダダには伝えてなかったのに…』と考えていると、ずーっと前、syunさんの職場におじゃましたことを思い出した。 雨宿りした作業所に、確かに同じようなプレートがあった。 その時のことを、思い出したのだ。まだウンとかスンとかしか話さなかったあの頃のこと。 恐るべし、自閉症児はなんでも覚えている…。 結局もう5分タイマーをかけ、鳴ったらあっさり、「出発です」。 計30分、ワゴンRの中。優雅な時間…こんな朝の過ごしかたは、そうあるものではない。 下校時、迎えに行くと、学校では、朝少し、いなくなったりしたらしいが(いつもは自由帳を描いているのに)、後は普段どおり落ちついて過ごせたとのこと。 そうだと思ったけど、なにより、なにより…。 今回のことは、パニックは、大人の援助の間違いから起こるという典型的な例。来年からは、お互いに、「土曜日の苦労」がなくなるかと思うと、ホント助かる。 でも、ダダには、辛い想いをさせてしまったンだけれど、なんかね…私にとっては、スゴク意味のある体験をさせてもらいました。 終わり ハルヤンネ@(有)おめめどう |
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