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syunのひとこと
※すでにどこかで公開されたもののみ載せます。長い注釈・解説が必要なものも多いですが、あえてつけません。


利 用者さんが安定してくると(支援者は)さぼっているように見える。  
私 やったら暴れます。

そ んなん知らん。

ぼ くら、杖やろ。せやったら、子どものできるとこに援助せな

僕 らは100伝えて1伝わったらめちゃ喜ばな。もし1伝えてくれたら100喜ばな

子 どもが苦しんでいる時、支援者はすぐに行動しなければならない

相 談する前に駆除しなはれ

自 立の権利を守るためにスケジュールやみえるコムといったスキルを使うんです

不 思議な事に、物事は自分の見てる方に進むんですね

不 自然なことは、不自然な結果を生む

<できる・できない>じゃなくて<する・しない>

忙しいから、書いたり見たりという「丁寧なコミュニケーション」は出来ませんって。丁寧なコミュニケーションをしないから、忙しくなるんです。
syun
<できる・できない>って、人を見てると必ずドツボにはまる<できる・できない>じゃなくて、<する・しない>だと思う
2011-08-09


 人の中にはもちろん「障害者」も含まれます。とくに障害のある人に対しては、周囲の人は<できる・できない>で考えがちです。
 元ネタは「言葉に拘る」

 めずらしく、この後上記の言葉についてのやりとりが二人にあったようで、こちらに転載します。


ハルヤンネとsyunのやりとり

<できる・できない>と<する・しない>の続き
 今日、syunに、アップしたと伝えると、どうして、できる・できないといわないかの理由を話してくれた。

「子どもが小さい頃だと、自転車に乗りたいなあと子どもが思ったとして、練習してね、乗れるようになったとするね。
それを、大人は「自転車が乗れたね〜(乗ることができたね〜)」と言うよね
 でも、19,20歳になって車に乗りたいなあと思って、免許を取る。車に乗るじゃない。それ見て、「車が乗れるんだ(乗ることができるんだ)」って言わないでしょ。
「車乗るんだ」でしょ。その違いは、その人を対等に見てるかどうかなの。
 小さい子どもに対して、大人は、自分が導く立場でしょ。でも、大人になると、対等になっていく、この大人の「相手を対等に見る」感覚が、子どもを大人にしていくんだよ。」

それを聞いて、以前、syunさん語録にもした

<自立とは、自立したい子どもと、自立させたい大人との相互作用>

というのを思い出した。この福祉の業界が、障害児を大人にしないようになっている理屈が、ここに現れている。いつまで経っても、対等じゃないから、いつまで経っても<できる・できない>


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